
2025 年 12 月と 2026 年春、中国の法院が AI による解雇に対して労働者への補償を命じた判決を 2 件出しました。地図データ会社員の事案と、LLM 出力品質管理を担っていた Zhou 氏の事案で、Caixin Global、Bloomberg、Fortune、NPR、Tom's Hardware などが報じました。核心は、AI 導入は不可抗力ではなく企業が選んだ経営判断であり、その転換コストをそのまま労働者に転嫁してはならない、という点です。
西側ではこれが「中国が先に書いた AI 解雇法理」として読まれました。ですが、この見出しは半分だけ正しい。判例はたしかに白領の AI 置換をめぐる重要な先例ですが、同時にどの労働者が法の視界に入っているかを露出させる判例でもあります。ここを落とすと、話は単純な自動化勝利か中国礼賛に流れてしまいます。
しかもこの読み方は、柔軟就業者の不可視性を強めます。ニュースとして見えやすいのは、企業に雇われた知識労働者が AI で置き換えられた瞬間です。ですが、配達員や請負労働者の仕事がアルゴリズムや発注停止で削られる過程は、同じようには見出しになりません。この可視性の差が、判例の評価そのものを歪めます。
この原則自体も完全に新しいわけではありません。自動化を企業の経営判断として扱い、解雇コストを労働者に丸ごと押しつけない、という考え方は ATM、自動改札、倉庫ロボットの時代にもありました。今回それが大きく見えたのは、対象が肉体労働ではなく知識労働者や中間管理職に移り、西側メディアの想像する「守るべき労働者」と重なったからです。
本稿の論点は一つです。中国 AI 解雇判例は機能として、AI 置換の最前線にいる霊活就業者や契約ベースの労働者を救わない。 保護されるのは中国の労働契約法上の労働関係に入っている層であり、そこから外れた第二層・第三層には同じ法理が届きません。ここで見えるのは、AI 解雇の勝敗ではなく、誰が「労働者」として見えるかという制度の問題です。
これは中国の法院や制度の意図を断罪する議論ではありません。元記事でも置いた通り、意図と機能は別物です。中国が先進的か、逆にディストピア的かという二択に話を閉じるより、どの層に保護が届き、どの層が最初から視界の外に置かれるのかを見る方が、この判例の実際の重みを捉えやすい。
三層構造のどこに判例が届くのか
その境界をはっきり示したのが、2021 年 7 月の「关于维护新就业形态劳动者劳动保障权益的指导意见」でした。ここで中国は、完全な労働関係と独立自営業のあいだに「不完全労働関係」という中間層を置きました。第一層は労働契約法が全面適用される被雇用者、第二層はプラットフォーム企業の管理下にあるが完全な労働関係ではない層、第三層は独立自営業者です。今回の AI 解雇判例が直接保護するのは第一層だけです。
重要なのは、第二層向けの制度が最低賃金、社会保険、職業傷害、アルゴリズム管理には踏み込んでも、解雇規制を正面から書いていないことです。中国では「灵活就业」人口が約 2 億人規模に達し、配達員、ライドシェア運転手、コンテンツモデレーターのような、まさに AI 置換の圧力が強い層がここに集まっています。最高人民法院が新就業形態の労働関係認定を整理しようとしても、実務ではなお認定のハードルが高い。つまり同じ「AI で仕事を失う」でも、第一層は解雇法理で争えるのに、第二層はそもそも同じ土俵に立てません。
ここで見えてくるのは、同じ出来事が層ごとに別制度へ振り分けられる構図です。正規の被雇用者が AI で置き換えられれば、企業は補償や配置転換の負担を負う。ですが、プラットフォーム上の評価調整、発注停止、アルゴリズム変更のかたちで仕事が減る第二層には、同じ言葉での保護がありません。中国の「労働者保護」は一枚岩ではなく、制度の入口で分岐しているわけです。
保護は外部化インセンティブも生む
ここで問題になるのは意図より機能です。第一層の知識労働者や中間管理職を AI で置き換えるなら、企業は判例リスクと補償コストを負います。ところが第二層では、業務委託化やプラットフォーム経由の調整で、実質的な「解雇」をより低コストで進めやすい。第一層の保護が厚いほど、企業は新規採用や周辺業務を第二層・第三層へ逃がすインセンティブを持つわけです。
もっと言えば、判例が狭めるのは出口であって、入り口ではありません。すでに第一層に入っている人には補償の言葉がある。しかし企業が最初から契約労働や外部委託を厚くし、正規雇用の新規ポストを細らせる方向に動けば、守られるべき人は最初から第一層に入れない。「労働者保護」が正社員クラブの特権に見えてしまうのは、この入口の非対称があるからです。
この意味で、判例は単純な自動化勝利でも、全面的な労働者保護でもありません。出口の解雇コストは上がるが、入り口の採用や契約設計には同じ制約がかからない。結果として守られるのは「すでにクラブの内側にいる人」で、外側にいる柔軟就業者は見えにくいまま残る。id=93 の記事で書いた通り、保護もまた均等に配られるのではなく、制度の境界線に沿って偏って配られます。

見える労働者と、見えない労働者
だからこの話は、中国が先進的か遅れているかを競う記事では終わりません。判例自体は第一層の被雇用者にとって前進ですが、「労働者保護」が誰を保護するのかを問わないまま称賛すると、知識労働者中心の見え方を再生産します。中国の AI 規制全体を見ても、雇用主の意思決定を整える規律は厚く、労働を AI 法の中心テーマとして扱う構図ではありません。ここでも、保護される側と保護されない側の境界が先に引かれています。
結論は単純です。中国 AI 解雇判例は、白領の AI 置換を読むうえで重要な先例ですが、それを「AI が労働者を救った話」として読むと外します。 むしろ見るべきなのは、正規の労働関係に入っている人には補償の言葉があり、その外側の柔軟就業者には同じ可視性がない、という非対称です。中国の判例制度自体も英米法的な強い先例拘束とは違い、今後のガイドラインと運用で実質が決まる。だからこそ、「中国が先に書いた」という見出しだけでは足りません。AI 解雇の本当の争点は、技術の勝敗ではなく、制度が誰を保護対象として数えるかにあります。



