
2026 年 5 月 11 日、TechCrunch が報じた Cowboy Space の Series B 2 億 7,500 万ドル調達 を、AI コンピュート需要が地球の限界に達して宇宙へ流れ出した物語として読むのは、たぶん間違っている。リード投資家は Index Ventures、ポストマネー評価額は 20 億ドル。衛星 1 機あたり 20〜25 トン・1MW・約 800 GPU、初号機打ち上げは 2028 年末まで——表面はたしかに「軌道上 AI データセンター」の触れ込みだ。だが、創業者 Baiju Bhatt の名前と、その前職の系譜を並べたとき、この $275M は別の地図上に置かれているように見える。
$275M は「物理層」への余剰資本流出か
AI ビジネスは現在、大きく 2 層に分かれている。GPT-4/Claude/Gemini のような基盤モデルを動かす「ベース層」と、その API を呼んでアプリを組み立てる「ラップ層」だ。多くの観察者がラップ層の 99% は淘汰されると見ている一方、ベース層側にはモデル開発・推論コスト・電力需要という形で異常な資本が滞留している。Simon Willison が 5 月 7 日に整理した通り、Anthropic は xAI Colossus 1 の全容量を借りる契約に踏み切り、xAI 自身は Colossus 2 を保持したまま、AI 業界の物理供給は実質 SpaceX/xAI のインフラに集約されつつある。
Cowboy Space の $275M は、このベース層よりさらに下、データセンターを置く「物理基盤」そのものに資本が流れた最初の大きな印だ。「データセンター不足」ではなく「データセンターを置く土地・電力・冷却の不足」に賭ける階層が、AI バブルの余剰資金で実装可能な事業の輪郭を持ち始めたということになる。ラップでもベースでもない第三の層が、軌道上に出現する寸前にある。
Bhatt の系譜——「surface を売る」から「ロードマップを売る」へ
Cowboy Space の CEO Baiju Bhatt は Robinhood の共同創業者で、2020 年 11 月まで共同 CEO だった人物だ。Robinhood の事業設計は周知の通り「ゲーミフィケーション + Payment for Order Flow」——ユーザー側には無料でカジュアルな取引体験という表面を売り、裏側ではマーケットメイカーへの注文流通から収益を取る構造である。彼が 2024 年に Robinhood の経営から退いた直後に立ち上げたのが Aetherflux で、構想は「軌道上に小型衛星のコンステレーションを展開し、赤外線レーザーで地上に電力を送信する」宇宙太陽光発電だった。アイザック・アシモフが 1941 年に書いた SF 的アイデアを、現代の太陽光パネル軽量化と打ち上げコスト低下に乗せて実装する、というナラティブだ。
そして 2026 年 5 月時点、その Aetherflux は Cowboy Space へとピボットしたことになっている。興味深いのは、本記事執筆時点でも Aetherflux 公式サイト は依然「商用向け最初のデータセンターノードは 2027 年第 1 四半期目標」と表示している点である。事業の中身は「宇宙太陽光発電」から「軌道上 AI コンピュート」へ書き換わったが、公式ドキュメントの上ではまだ前バージョンの物語が残っている。Robinhood で表面を、Aetherflux で電力ビーム伝送を、Cowboy Space で軌道 GPU を——売っているものの中身は替わり続けるが、共通しているのは「ロードマップそのものを VC に売る」という商売の構造だ。Bhatt は技術より物語の設計者であり、その物語をいま彼は AI のラベルで再販している。
35 倍コストギャップが意味するもの
軌道上データセンターの経済性は、現状どのくらいの距離にあるのか。SatBase の 2026 年価格更新レポート によれば、SpaceX Falcon 9 相乗便の追加分料金は約 7,000 ドル/kg だ。これに対して、軌道データセンター事業者が「採算ライン」として目安にしているのは Google Project Suncatcher が試算する均衡点 200 ドル/kg 級だ。現状との差は約 35 倍。
20-25 トン級の衛星を打ち上げるなら、現行コストで 1 機あたり約 1.5 億ドルが「ペイロード代」として消える。Cowboy Space の Stampede コンステレーションは FCC 出願で最大 20,000 機規模、xAI Colossus 1 (推定 100,000 GPU・150MW 級) と同等のコンピュートを軌道で組むには 800 GPU/機の Stampede で約 125 機——つまり 180 億ドル前後の打ち上げ費用が、運用前に蒸発する勘定だ。$275M はこの絵のおおよそ百分の一強——コンピュート部分の運用コストすべてを賄うには 2 桁足りない金額だ。Bhatt 自身が 2028 年に自社ロケットを打ち上げる計画を立てるしかなかったのは、財務モデルが既存ロケットへの依存では成立しないからである。
この 35 倍ギャップは技術ロードマップで埋まる距離ではない。SpaceX Starship が完全再利用を達成しても、業界の見立てで打ち上げコスト目標は約 100 ドル/kg。これでも Suncatcher 均衡点の倍値ラインに留まり、商用採算ラインを跨ぐにはさらに段階的な改良が必要だ。VC ファンドの投資地平は 7〜10 年、Cowboy Space の事業ロードマップ末端は 2028 年——その時点で経済性は依然均衡点の数十分の一に届かないままだ。$275M が買っているのは商用採算ではなく、20〜30 年スパンの賭けに対する物語の優先座席である。
これは AI コンピュート企業ではなくロケット会社の起業だ
Cowboy Space の人材構成を見れば、何が本命かはもう少し見える。推進系統括の Warren Lamont は Blue Origin 出身、打ち上げ責任者の Tyler Grinnell は SpaceX 出身。両者とも「衛星をどう作るか」ではなく「衛星をどう打ち上げるか」の側のキャリアだ。設計するロケットは「Falcon 9 より強力で Starship より小さい」と TechCrunch が報じている——つまり、ULA Vulcan・Rocket Lab Neutron・Blue Origin New Glenn が競合する中規模商用打ち上げ市場の真ん中に据える機体である。
ここに $275M を入れる Index Ventures・Breakthrough Energy Ventures・Construct Capital の意思決定を、AI コンピュート市場の伸びだけで説明するのは難しい。SpaceX に対抗できる中規模商用打ち上げ供給者として参入できれば、AI 関連ペイロードに限らず偵察衛星・通信衛星・科学衛星すべてが顧客になる。「データセンター需要」は需要側の物語であり、供給側の事業構造としては Cowboy Space は純粋にロケット会社として読める。AI compute はそのロケットを売り込むための最初のアンカー顧客であり、800 GPU/衛星の仕様は事業の中核機能ではなく、調達ナラティブの装飾である可能性が高い。
VC の現実的な出口を見直すと、より重い構造が現れる。2028 年に商用 AI 推論で均衡点の数十分の一に届かない経済性のまま IPO に持ち込むのは難しい。一方、米国防総省は 2022 年 12 月に DoD Office of Strategic Capital を設立し、2024 年 NDAA で法的権限を整え、防衛 dual-use スタートアップへのローン保証と SBIR Phase III / STRATFI ブリッジ資金スキームを整備済みだ。これに SpaceX Starshield(DoD/NRO 向けの軍事 dual-use コンステレーション、すでに運用中) という前例を組み合わせれば、Index・BEV・Construct の組成意図は「商用採算が立たなくても DoD が底値で拾う」前提に整合する。Cowboy Space の競合は ULA や Rocket Lab ではなく、Starshield の代替供給者ポジション——つまり SpaceX 一極から米国の軍事打ち上げ供給を分散させたい DoD 側のヘッジ事業として置く方が、$275M の意思決定の重力場と素直に噛み合う。
この読みは因果の向きを反転させる。「AI バブルの余剰資金が軍事インフラへ再配置される」のではない。順序はおそらく逆だ。もともと宇宙ビジネスの重力源だった DoD・NRO・NGA の需要が、今 AI というラベルを借りて表に出てきているのである。Iridium、GPS、Maxar、Starshield、Starlink——軌道産業の歴史は商用の皮を被った dual-use 装置の累積で、AI compute は最後に取り付いた最も時価評価の高い看板にすぎない。
軌道 DC の本命用途は AI 推論ではない
仮にコンピュート部分を真に受けたとして、軌道上で動かす意味のあるワークロードはどこにあるのか。衛星間通信のレイテンシ削減が議論されることはあるが、それは衛星対衛星の話だ。エンドユーザーまで届く推論経路では、地上局を経由する段階で 100ms オーダーの遅延が戻ってくる。AWS Ground Station や Azure Orbital が既存衛星データの「地上 compute 向け配信」に留まっていて軌道上 compute に参入していないのは、汎用 AI 推論の経済合理性がそこに立たないことを大手クラウドが先回りで結論済みだからである。
軌道上 compute が決定的に効くのはむしろ、衛星 → 衛星 → センサ系のクローズドループだ。電子情報収集・合成開口レーダ画像のオンボード解析・ミサイル発射の早期警戒・無人潜水艇との衛星リンク。これらはまとめて ISR (Intelligence, Surveillance, Reconnaissance) と呼ばれる軍事 dual-use カテゴリで、地上局を経由しない閉じたデータパスを必要とする。米軍の Space Command と Lockheed・Northrop Grumman の調達フローを追えば、ここに数十億ドル単位の予算がすでに流れていることがわかる。Stampede コンステレーション 1 機 20〜25 トン・1MW・800 GPU という仕様は、商用 AI 推論より ISR ペイロードの方が素直に収まるサイズ感だ。Cowboy Space は AI compute の看板を掲げながら、本命顧客として国防総省・諜報コミュニティを射程に入れている可能性がある。
規制の地理裁定として読む——Colossus メンフィスの軌道版
「地球の電力グリッドが追いつかない」という前提も、もう一段疑った方がいい。実際に AI 業界で起きているのは設備容量不足ではなく、許認可・送電線敷設・地域政治のボトルネックだ。xAI の Colossus 1 がメンフィスに建設された経緯はその典型例である。南部環境法律センター (SELC) が告発した通り、Colossus はガスタービン発電機を「一時的」と分類することで Clean Air Act の本格的環境許可手続きを回避し、公衆衛生団体と環境団体は周辺地域 (特に Boxtown 等の喘息入院率の高い地域) の大気質悪化と関連付けて批判を続けている。コンピュート選定をめぐる議論で Andy Masley はこの施設について「私なら自分のコンピュートをここでは絶対に走らせない」と Anthropic の選択を批判している。
この「規制の緩い場所を選ぶ」運動は、すでに地上で進行中だ。Colossus 2 はメンフィスから他州へ拡張中で、環境基準の緩い州を順に経由する。同じ動機が、軌道では FCC の打ち上げ許可レベルで完結する loophole として再演されようとしている。1967 年宇宙条約 Art. VI と 1972 年宇宙損害責任条約が建前としては存在し、打ち上げ国 (Cowboy Space の場合は米国) が国際責任を負う構造にはなっている。だが執行を担う国際機関は事実上機能しておらず、軌道上の電力消費・廃熱・電磁干渉について、地上の Clean Air Act に相当する強制的執行枠組みは存在しない。ロケット燃焼の成層圏ブラックカーボン堆積、Kessler 連鎖を加速させる軌道スロット占有、廃棄衛星の再突入時の金属エアロゾル——これらの外部不経済を引き受けるべき主体は条約上は曖昧でないが、執行インセンティブの構造的欠如によって実質的に空洞化している。利益主体 (AI 企業・Cowboy Space) と損失主体 (大気・軌道環境・電力消費地域) の分離が、宇宙では国境を超えた永続版として完成する。地上の DC は訴訟が起きうるが、軌道では条約があっても誰も執行しない。
同じ加速構造は、AI 安全側でも同期している。Anthropic が 2026 年 2 月に Responsible Scaling Policy を一部撤回 し、ASL-4 評価の自主停止トリガーを緩めた動きと、Colossus メンフィスの環境許可回避、Cowboy Space の FCC loophole は、別の事件ではない。「自己規制の限界が、地上では Memphis に、軌道では FCC loophole に、AI 安全では責任ある拡大政策の弱体化に現れる」一つの傾斜である。AI compute を軌道に置く判断と、AI 安全の自主規制を緩める判断は、同じ重力場の中で発生している。
このフレームは Deep Signal で先に整理した Memini の「外部メモリ=記憶ではなく補装具」 構図と構造的に同型だ。「外部化すれば解決する」のではなく「外部化された場所で別の形で再生産される」——LLM のコンテキスト窓制約を外部メモリで補おうとした結果、計算量と再現性の新しい壁にぶつかったのと同じ動きが、AI コンピュートの電力制約を軌道で解決しようとする試みでも繰り返されようとしている。
物理は経済性以前で詰む

そもそも、Stampede 衛星 1MW・800 GPU は熱的に成立するのか。真空中の冷却は対流が使えず、放射冷却 (ステファン・ボルツマンの法則による電磁波放射) しかない。比較対象として、国際宇宙ステーション (ISS) の能動熱交換面 (アクティブラジエータ) は約 150 m² (両面換算で最大 800 m² 程度)、定常排熱は約 70kW 級だ。1MW を真空中で放射冷却する設計は、ISS 排熱規模の約 14 倍に相当する。1 機の Stampede はサイズと熱量で見ればもはや「衛星」ではなく「ISS 級構造物」の量産話になる。Voyager Technologies の LEOcloud Space Edge が ISS 上で動かしている RHEL 10.1 ベースの実証システムは「靴箱程度」のサイズで、再起動時に既知の良好な状態にリセットされる「イメージモード」運用にとどまる。靴箱から ISS 10 倍規模のコンステレーションまでには、放熱器設計・放射線耐性・軌道上メンテナンス不可能性という 3 つの壁が積まれている。
2028 年運用想定なら、搭載 GPU は H100 (700W) ではなく Blackwell B200 (1000〜1200W) 世代以降が妥当だ。800 GPU × 1,100W = 880kW が GPU 発熱だけで出てくる計算になり、電源系統・通信・推進・姿勢制御を加えると 1MW の設計予算はほぼ完売する。発熱密度は地上 DC の数倍に達し、それを真空中の放射のみで処理する技術は、商用スケールでは実証されていない。経済性閾値の前に、物理が先に詰む。
もうひとつの物理制約は軌道スロットそのものだ。Stampede 一機 20〜25 トン × 150 機規模なら、合計 3,000 トン超を低軌道に滞留させる。Starlink (約 10,300 機・世代によって 260〜1,250kg) と組み合わさったとき、Kessler 連鎖 (デブリの自己増殖的衝突連鎖) の閾値を超えるかは、本質的に未解決の問題だ。「軌道スロット」という有限資源を、AI コンピュート需要が「電力」と並ぶ第二の枯渇カテゴリとして食い始めている。
$275M は、こうした技術ハードルがすべてクリアされる前提では出てきていない。それは、Bhatt が以前 Aetherflux で売っていた「赤外線レーザー電力伝送」と同じ階層の物語投資だ。商用採算は 2028 年に届かない。本当に売られているのは、「20 年後に AI が銀河規模のコンピュートを必要とする世界」のロードマップにおける優先座席であり、もし軌道経済が崩れたとしても、その過程で建設されるロケット会社は、そのまま米国防需要に転用できる装置として残る。
私たちが目撃しているのは、AI コンピュートの宇宙進出ではない。もともと宇宙ビジネスの重力源だった DoD・NRO の需要が、AI ラベルの異常な時価評価補正を借りて、ロケット供給と軌道スロット占有の新しい競争としてもう一度立ち上がっている動きである。AI は最初から従であり、軍事 dual-use の需要が主だ。Bhatt の系譜——Robinhood で表面を売り、Aetherflux で太陽光を売り、Cowboy Space で軌道 GPU を売る——を辻褄に合わせて説明できるのは、この時間軸反転の方である。
軌道上データセンターは確かに来る。だが、AI compute のために来るのではない。来るのは、軌道スロットと打ち上げ供給の支配権を巡る新しい競争であり、AI はその競争を VC マーケットに売り込むための最も時価評価の高いラベルにすぎない。$275M は AI バブルがロケット会社を呼んだのではなく、ロケット会社が AI バブルを着替えとして借りた瞬間を捉えている。



